朝ドラの時

以前にもブログに載せましたが、今回のエヌエッチケイの朝ドラは、ポンたんにとっては、とっても懐かしい時代が舞台になっています。
1964年・・・東京オリンピックの年、ポンたんは小学6年生。
有村架純ちゃんが東京で仕事を始めたのは、その次の年、1965年の設定でしょう。
今日は、有村架純ちゃんが働く工場がお盆休みに入ったところを放送してました。

このお盆の2ヶ月後、ポンたん一家は東京へ遊びに行ってます。
今日の写真は、ちょっと、お宝ですよd(^_^o)

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10月2日の22時30分
夜行列車で仙台を出発したポンたん一家は・・・
朝、多分5時か6時頃、上野に着き、
まだどこも開いてないので、皇居や丸の内、神宮などで遊んだ後
この日の目的
上野の国立博物館でツタンカーメン展を見て2017052321132182d.jpeg

18時上野発の特急で仙台に帰ったようです。
この強行軍の翌日は、父は仕事に行き、私と姉は学校にいったのでしょうか。
若いってすごいですね。

この切符

どうです。
お宝でしょ^_−☆

こうやって、古いアルバムに貼ってあったんです。
「ひよっこ」を見てたら、ああ、この2ヶ月後の東京に行ったんだなあって、みなさんにお話ししたくなっちゃったポンたんでした(*^o^*)

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夏!あの夏あるある^_−☆

ポンたんはが苦手です。
虫さんも地球の大切な宝物ですから、嫌い、とは言いません。

ゴジラにハグできても、モスラは直視できないです。

そんなポンたんも小学校時代、夏休みの宿題には昆虫採集の立派な標本を提出しました。
捕虫網を持ち、腰に、採取した昆虫をいれるケースをぶら下げて、野や山を駆け回る・・・
ケースの、 二重底の下には、お薬をしのばせてあって・・・・捕まえた昆虫を入れると・・・・・
ああ、なんてこった( ;  ; )
今、思い出すと、背筋がぞぞぞぞぞーっとします。

小学生のポンたんはそんなこと平気の平左だったのさ|( ̄3 ̄)|
そして、ポンたんの後ろには強い味方のお父っつあん!
後ろじゃなくて、前に立って、ポンたんを導いてくれました。

お父っつあんは、ポンたんのために、ワクワクして一緒に昆虫採集をしてくださいました。
標本作りも、懇切丁寧に教えて下さいました。
教本の箱なぞは、小学生の女児なぞが決して作ることのできないような、ガラスの蓋の、立派なものでした。

夏休みの宿題、あるある話ですね!

え?そんなズルは誰もしないんですか?
ポンたんはズルっ子だったんですか?

ポンたん、工作もお父っつあんと一緒に作りましたよ。

遊園地にある、空中乗り物を模した工作とか。
実際に回るんです。
小学校低学年の女児にはちょっと作れないそんな工作。

ポンたん、ズルっ子だったんですか?






夏!あの夏

夏といったら、もちろん海だけではございませんよ(^_−)−☆
ポンたんの父親はアクティブでしたからね。
旅行です。
ポンたんが小学生の時は夏休みといえば、海、、ハイキング、田舎への里帰り、遊びに来る親戚をあちこち案内する・・・と、いう具合で、アクティブ!アクティブ!

ある夏、我ら家族4人は旅行に出ました。

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これがアルバムの1ページの1部分。
またまた汚い字でごめんなさい。
この但し書が示す通りの旅行。
楽しかったですよー。
エピソードも満載だけど、まあ、今日は、暑かったことだけお伝えしましょ。
暑かったんですよ!
旅行中ずっと!
で、大阪駅に降り立った時、我ら4人はコンコースの真ん中に、ダイキンのどでかいエアコンがどっかーーんと、突っ立っているのを発見👀
(ポンたんの半世紀以上前の記憶だけどね)
まあ、その前に立つと、涼しくて涼しくて、しばらく動けなくなった我ら4人でした。


今日は、「つくし村にもノウゼンカズラが咲いた」というほのぼのした話題をお届けして締めくくる事といたしませう。

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いいのよねえ、これノウゼンカズラで(^^;;
隅っこに見えるのはガクアジサイ。
普通の紫陽花よりだいぶ遅れて最近咲き出しました。
では、みなさん、良い夏を^_−☆

4分間おそばを茹でる

あぢい(^^;;
急に真夏になったわい。

と、いうわけで今日のお昼はざるそば!
ズルズルっとね^_−☆

このおそばは4分で茹で上がるらしい。
煮立ったお湯にバラバラッ!
かき回していると、亡くなった姉の顔が、お鍋の中に( ̄O ̄;)
前にも書いた話しだけど、おそばというと、姉とプールに行った中学校、高校時代の思い出が、必ずというほど蘇るのです。


ポンたん達姉妹の通った中、高にはプールがありませんでした。
ポンたんは泳げなかったけど、水遊びが大好き。
姉は泳げた上に水遊びが大好き。

で、夏休みになると姉はポンたんを誘って市民プールへと。

市電に乗って行く市民プールは川の横にあり、そこから見る空は遮るものもなく広く。

その時見た入道雲が、これぞ入道雲、という、惚れぼれするような勇姿。

そして、プールの帰りには、隣りにある公園の茶屋で、必ずざるそばを食べたのです。

おそばを茹でながら、ポンたんは4分間、そんな昔にタイムスリップしているのです。


今泣いたカラス

ブログのお友達のたけさんが・・・・
たけさん、勝手に名前を出してごめんなさい(^人^)

ご自身が撮られたカラスの写真をブログにアップなさってました。
(たけさんの撮る写真はとても素晴らしい!カラスだけではなく、いろんな鳥が活き活きと!
リンクを貼っているので、興味のある方は覗いて見てね)

その写真のカラスを眺めていて、ポンたんは、過ぎし日々、幼稚園の頃に思いを馳せていました。

こんなポンたんにも愛らしい幼稚園の時代があったんだよd(^_^o)

ポンたんの父親は、いかめしい雷おやじ!

理不尽なことをすると、ドッカーンと大きな雷を落としていました。


ポンたんもそう聞き分けのない子供だったわけでは無かったつもりだけど、幼稚園頃までは、やっぱり泣くことがありました。

激しく泣いて、泣き終わった後も泣きじゃくりが止まらず、ヒック、ヒックとやってた記憶があります。

父は理由もなく怒る人ではなかったので、ポンたんの涙に正当性のある時は、なんとかなだめようとして笑顔を見せてくれました。

鬼瓦のような顔をした雷おやじが、一生懸命笑顔を見せてくれるのです。

申し訳なくて、ポンたんもヒック、ヒックしながら笑って見せます。

そんな時、父はいつも言いました。

「今泣いたカラスがもう笑った」


良く世間に知られている言葉ですが、ポンたんにとっては、父との思い出の言葉なんです。


「今泣いたカラスがもう笑った」

父が小さなポンたんを見て、嬉しそうにそう言うと、ポンたんは泣いた事がきまり悪くて、照れ臭くて、もう泣くまい、と思うのでした。

ポンたんにとっては
「泣くんじゃない!」
と怒られるより、効き目のある魔法の父の言葉だったのです。

そんな大好きな父が亡くなってもう何十年。

たけさんのカラスの写真を見てそんなことを思いながら庭を見ると、惨めながらも数本の彼岸花がすっくと立って咲いていました。









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プロフィール

つくし村のポンたん

Author:つくし村のポンたん
中学生だった姉が描いた小学生だった私。
その頃、昭和30年代の思い出を中心にしたブログです。
お金もない!
若さも無い!
無い無い尽くしのつくし村から、あんぽんたんのポンたんが製作中です。

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