古き良き名画座

私が高校生になると、姉は私をどんどん映画に誘うようになりました。
あの頃は良い映画館があったのです。
「名画座」
封切ではない三番上映くらいだけど、安い!
一本だけの上映なので、安い値段で見たい映画だけ見る!
というお金の無いわれわれにはぴったりの映画館。

テレビは普及してたけど、やっぱり映画は別物でした。
70ミリスコープとかいうような大作は大きな映画館でなければダメだったと思いますが、
私たちの見たのは

シャレード
暗くなるまで待って
泥棒貴族
マイフェアレディー


んんーーーけっこうオードリーヘップバーンのものが多かったみたい。
でも、
誰がために鐘は鳴る
は、イングリッドバーグマンですね。
あの映画の中で、バーグマンが髪を切られるところをとても辛そうに演じていたのが印象的でした。
ショートカットも可愛いバーグマンだったので。
でも映画が言いたいのはそんなことじゃなかったんですよね。

他にもいろいろ・・・・・・

シャレードは見ているうちに、ものすごく
お腹が空いてきたのを覚えています。
美味しそうに何かを食べるシーンがやたらおおいんですね、あの映画。

全部姉のチョイス。
西部劇に憧れていたお転婆お姉ちゃんも、年頃になると、大人の恋愛映画を楽しむようになったのですね。

あの頃はニュースだけ専門に上映している映画館もありました。
今はそれも、名画座もみんな、無くなりました。
モスラを上映した映画館ももうありません。
そう言えばモスラの頃は「総天然色」なんて言葉が題名に添えられてバーンとスクリーンに現れてましたっけ。


本当にまあ、あれから40年以上も経ってしまったけど、今でもマイフェアレディーとかをDVDで借りてきて見ると、やっぱり魅力的ですよねえ。
それに「君住む街」を歌った若者がシャーロックホームズの名優になったとかいう知識も得ると、また楽しみ方に幅が出て。
誰かさんではないけれど

「やっぱり、映画って、良いですよねえ」



映画っていいですね〜

今日の楽天はフォアボール出し過ぎでした。
んんーーーー残念(^_^;)
二勝二敗になりましたね。
明日、勝ちましょう(^_-)


子供の頃、姉は西部劇が好きで、特にジョンウェインに憧れていました。
カウボーイの野宿の食事シーンを真似て
フライパンで豆を炒って食べたりしてました。
映画も見たがったので西部劇が苦手な母親の代わりに、父親が姉を映画館に連れて行ってました。

たまに母と私も一緒に行くことがありました。
ドンパチドンパチ、打ち合いのシーンになると母の手が私の目をふさぐのです。



いつも親の同伴で行っていた映画館ですが、初めて、子供たちだけで行っていいとお許しが出た映画があります。

「モスラ」

です。親もしっかり者の姉のことだから、私を付けてやっても大丈夫と思ったのでしょう。
私は小学4年生くらいで、頼りない抜けた子供だったので。


この映画は当時すごい人気で、私たちが行った日も、映画館の前には上映を待つながーーーい行列が出来ていました。
今、映画館の前に行列なんて、考えられないですよね。

姉はその後ジョンウェインからショーンコネリーへと夢中になる
対象がかわります。
つまり、西部劇からジェームスボンドへとですね、見る映画が変わって行きます。

すると母は映画好きの姉のために
「スクリーン」という雑誌を定期的に買ってくれたのです。

あれは、映画の写真がいっぱいで、見応えのある雑誌でした。

そして、けっこう刺激的なショットもいっぱいあって!

小学生の私がそんなものを見てもいいのでしょうか、とも思いましたが。

まあ、母も姉もきにしてないようなので。

その後、小学6年の時には母が私にも何か雑誌を取ってあげる、というので
「では、お願い」
と、頼んだのが

「女学生の友」

これもまたおませな雑誌で・・・・・・

なんだか、ませた小学生が出来上がって行くのでした。




日本シリーズ

やってくれました。
東京ドームでの第3戦!

楽天、5対1で勝ちました。
バンザーイ\(^o^)/バンザーイ\(^o^)/

まだ独身だった頃、家族で川崎球場にナイターをみにいきました。
王さんが一塁を、守っていた頃です。

どれだけ古い話でしょう。
巨人、大洋戦です。

巨人は大負けに負けていました。

帰りの電車が混むといけない、というので、われわれは少し早めに球場を後にしました。
大好きな巨人が負けて残念だったけど、生まれて初めてナイターを見られたということで、まんぞくしての帰り道。
球場を出るや否や、ワーという歓声が野球場を包みました。
家に帰ってから点けたTVのニュースで、あのあと巨人が大逆転をして勝ったことを知りました。

あの頃は巨人大鵬卵焼きが大好きだったけれど、今はマー君と楽天が大好きよ(*^o^*)

勝った!勝った!
バンザイ\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/


その後の人生では、野球はもっぱらTV観戦になったけど、いつか、またナイターを見に行きたいものです。


姉妹喧嘩?

日曜日と言えば「ちびまる子ちゃん」
先日の放送では、まるちゃんとお姉ちゃんの姉妹喧嘩がけっこうすごかったですね。
結局はいつもおこってばかりいるお姉ちゃんも、まるちゃんを大事に思ってたわけですが。

ああいうのを見ると、やっぱり自分の小さかった頃の事を思い出します。

私にも姉が居て、まるちゃんのところみたいに年もけっこう離れていたけど、喧嘩の記憶はあまりないのです。
私など喧嘩の相手にならないくらい姉は大人でした。

喧嘩よりも、私はいつも守ってもらってばかりでした。

私が小学一年生の時、まだ学校入学したてで、毎日姉と一緒に登校していました。
私たちを学校に送り出した母が、洗濯物を干していると、学校に行ったはずの姉が、汗ダラダラになって駆けて来たそうです。

「ポンたんが忘れ物!」
私の忘れ物を受け取ると姉はまた一生懸命学校に向かって走り去ったそうです。

私たちの家と学校はきっちり1キロ離れています。

あとで姉が母に
「だって、学校の昇降口に着いたら、ポンたんが急に真っ青になって、忘れ物した!って言うんだもの。」
と、言っていたそうです。

私は、このことを全く覚えていないのです。
私が高校の時、夜中に急に吐いたり下痢したりした時があり、姉がタクシーを捕まえてきて私を病院に連れて行ってくれたのですが、その時母が
「そう言えばポンたんが小学校の時、こんなことがあった」
と、私に話してくれたのでした。

私が、あまりにもひ弱で不甲斐ない妹だったので、姉も放っておけなかったものと思われます。

日曜日と言えば「ちびまる子ちゃん」で、とても和んで見ているけれど、もし家族になるのなら
「クレヨンしんちゃん」の家族が良い!
ちびまる子ちゃんでも無く、サザエさんのお家でも無く、
しんちゃんちの家族が良いなあ!と、どうでもいいことなんだけど、そう思います。

カズオ イシグロ

今日、カズオ イシグロの本を一冊読み終えました。
その前に

やった!
やった!
やった!
楽天が日本シリーズ第二戦に勝ちました🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉


で、以前「日の名残」という映画のDVDを借りまして・・・・
アンソニーホプキンスがイギリスの品格ある老執事の役をやってるわけです。
The Remains of the Day

余韻余剰の残るちょっと気になる映画でした。
その原作者がカズオ イシグロ氏であります。

世間の情勢に疎い私には初めて聞く名前でした。

家の近くの本屋さんにはハヤカワ文庫で出しているカズオ イシグロ氏の本は一冊しか置いてありませんでした。
それは「日の名残」では無かったのですが、まず買って帰ってきました。


「わたしを離さないで」
Never Let Me Go

これが今日読み終えた本です。

最初から不思議な感じで進みます。
「介護人」とか「提供者」
などという言葉が使われて、状況が良くわからないまま、すーっと本の中に引き込まれて行くのです。

読み終えた今、トミーやルース、それに語り手であるキャシーが目の前でまだおしゃべりしている感覚があります。


現実では無い作られた世界の中に生を与えられた登場人物たちが、現実の問題をより深く鮮明に浮かび上がらせることが、本の世界では多く起こります。
私にとってはそれが魅力なのです。

またそのうち、通りかかった本屋さんにふらっと入り、
カズオ イシグロの本を探してみるつもりです。

サトウさん

私が中学生の時のお話です。
休み時間、友達が私のそばに来て言いました。
「ねえポンたん、隣のクラスの知らない子から伝言なんだけど」
「ふむ」
「よその中学の男子がポンたんに会いたいって、放課後、裏門で待ってるそうだよ」
😳😳😳😳😳😳😳😳😳
😍😍😍😍😍😍😍😍😍
小学校ではもちろん、中学校に入っても、交際を申し込まれたことは無く、ラブレターももらったことも無かった私。
来たか、とうとう春が!
よその中学校?
「サトウトシオって、言うんだって。その人」
サトウ・・・・・・?
部活でどっかの中学行った覚え無いし
中体連で応援しているところを見初められたか?
それとも、友達のまた友達みたいな関係で私のことを誰かに聞いた?
多分一秒くらいの間に心はドキドキ💕
頭はクルクル!
それでも表情はあくまで渋くして。
あくまで渋く・・・・
心ドキドキ


「駄目か、ポンたんじゃ、騙されないか。サトウトシオじゃ、ねえ。
あはははは」

サトウトシオ、サトウトシオ、サトウとシオ、砂糖と塩・・・・・・・
これも一秒くらい頭を回転させてから、わかってたわよというようにニコッと笑った・・・・はず・・・・


小学、中学、高校と、堅物装っていた?せいか
男子と付き合った経験も無く。


その反動は、高校卒業後、怒涛の嵐となって・・・・・・
押し寄せたとか寄せなかったとか

はい、とっぺんぱらりのぷう
😝



シミズとステテコ

弘田三枝子さんがパンチの効いた歌で日本中を元気にしていた頃、
私は小学生でした。
弘田三枝子さん中尾ミエさんや田代みどりさんなんかが着ていたフワフワのスカートは私の憧れでした。
「バックツーザフューチャー」で マイケルジェイフォックスのお母さんが深海パーティーに着ていったスカートのような。
あれほど膨らまなくてもいいんですが。

そう思っていたころ、丁度従姉妹からお下がりの服が山ほど贈られてきました。
中にオーガンジーのような薄いふわっとした生地で作られた真っ白なワンピースがあり、母がそれに網戸を繊細にしたような生地で、ペチコートを作ってくれました。
私のドレスの出来上がりです。
嬉しかったですね。
通学には着ずに、旅行やお買い物のお出かけ着にしました。


母は洋裁が得意で子供達の服は殆ど母の手作りでした。
ペチコートで、思い出しましたが、あの頃の小学生は下着に可愛らしいシュミーズなるものを着ていました。
スリップとも言います。
ワカメちゃんもそのような格好の漫画があったように思います。
で、なんでも作れる母は、父の古くなったステテコで私のシュミーズを作ってくれました。
裾にレースをあしらって、なかなかの出来栄えでした。
私の地方では、
シュミーズは「シミズ」と発音します。
スカートからスリップが見えたりすると、男の子は
「シミズミエコだ」
と、はやし立てました。
清水さんはいやだろうなと思ったものです。

今の世はスリップと呼ぶのが主流でしょうか。
「シミズ」と聞いて連想するのは、綺麗に澄んだ水の流れでしょう。
良い世の中になったものです。

スコットも三枝子ちゃんも

YouTubeで楽しむ事を覚えた私は、ピーターと同時にスコットにも恋愛感情を抱くようになりました。

スコットはずっと昔、日本に来たことがあり、けれどその時幼すぎた私は、スコットを男性として見ることができなかったのです。
ただ、あなたの声はあまりにも素敵でした。
私が自分のおこずかいで初めて買ったのがWalker Brothersのレコードだったのです。
けれど、あれから50年、今は私も少しは恋愛のことがわかる年頃になりました。
YouTubeで「太陽はもう輝かない」を歌う、ちょうどその頃のスコットを見て、
私はあなたに夢中になってしまったのです。

スコットに関する可能な限りの動画をみました。
残念なことに一番聞きたかった「孤独の太陽」だけ見つからなかったけど、
私はかなり満足したのです。

そして、最近はまったのが
1963年の紅白歌合戦!
弘田三枝子さんの「悲しきハート」!

まあ、うまい!
ビートが効いてて、声量もたっぷり!
声も出放題!
笑顔も可愛らしく、スタイルもぽっちゃりながら恰好いい!
聴衆を自分の歌の世界に引き込む包容力!

当時の女性の奥ゆかしさでしょうか、仕草が魅力的な江利ちえみさんの司会から始まるミコちゃんの歌、
今、はまってます。

ピーターに恋して

パソコンは苦手でも、YouTubeにはお世話になってます。

だいたい、受験生の頃ラジオの深夜放送で聞いてただけの曲なんかを、今、 YouTubeで見つけると
「えー!こんな人がこんな感じで歌ってたんだ」と
40年以上経って今さらなんですが、びっくりしたり感動したり。

シカゴのピーターセテラ氏などは、かなりはまってしまいました。
「素直になれなくて」
実はこの曲、知らなくて。
「長い夜」でも探してみようとYouTubeを開いて、
去年、始めて知ったわけです。
でも、有名なヒット曲だから、どこかで耳に入ったりはしていたのかもしれませんが。
認識したのは、YouTubeで、去年。
とにかく、それ以来
何度、YouTubeの動画を繰り返したことか。
もう、ピーターセテラに恋愛してしまった感じ。
それも、シカゴでバリバリ歌っていたあの危険な感じのピーターセテラに。
時空を超えて、恋愛感情芽生える!


スタイリスティックの動画もけっこう繰り返してます。
40年経って、始めて知ったメンバーの格好良さ。
細く長い足でステップ踏んでいた動画は一個くらいで、
あとは恰幅の良いスタイリスティックさんたちになってましたね。

40年前はあの曲でダンスとか踊ったりしてたのに、
どんな人が歌ってるのか知らなかったのです。。
YouTubeさん、本当にありがとう。
09 | 2013/10 | 11
Su Mo Tu We Th Fr Sa
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つくし村のポンたん

Author:つくし村のポンたん
中学生だった姉が描いた小学生だった私。
その頃、昭和30年代の思い出を中心にしたブログです。
お金もない!
若さも無い!
無い無い尽くしのつくし村から、あんぽんたんのポンたんが製作中です。

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