まどみちおさん

104歳で詩人のまどみちおさんが亡くなられたとのことです。

まどみちおさんはポンたんを知りませんが、ポンたんは昭和30年代頃、まどみちおさんの歌をたくさん歌って大きくなったのですね。

母から聞いた話

ポンたん、2~3歳。
「ぞうさん」の歌を歌っていて、母親の顔をつくづく見て
「お母さん、お鼻、長くないよねえ」
・・・・・・・
お母さん、という名詞は、ポンたんの母親の固有名詞だと思っていたらしいです。
多分、2歳くらい。
4~5歳の時の話だったら泣けてきます。


ポンたん、幼稚園児の頃。
「不思議なポケット」を歌ってて
♪ポケットの中にはビスケットが一つ
ポケットをたたくとビスケットは二つ♪

あたりまえだよねえ、叩いたらビスケットが割れて、二つにわかれるものねえ。
どんどん、細かくなっちゃうよ。それ、不思議でも、なんでもないよねえ。

と、思っていたのを、ちゃんと覚えています。


ポンたん、ほんとうにバカな子供でした。
まどみちおさん、ごめんなさいm(_ _)m

歌は大好きで、
「ドロップスの歌」は多分、NHKのみんなの歌で放送しましたね。
ポンたん、この歌、大好きです。
「一年生になったら」
も、大好き。


また、まどみちおさんは「チャイルドブック」の創刊にも関わっていらしたとか。
ポンたんも幼稚園の時、読んでました!
ちなみに、姉の時は「キンダーブック」を買ってもらって読んでました。


まどみちおさん、たくさんの可愛い、元気な童謡を、ほんとうにどうもありがとうございました!
ポンたんの孫も歌ってます。
その孫も、ずっとずっと歌っていくのでしょう。

ご冥福をお祈りします。

病院とくればそりゃヨーグルトでしょ!

ポンたんは55年くらい前、よく扁桃腺を腫らして病院へ行ってました。
喉に、赤紫のお薬を、オエッとなりながら塗ってもらってました。
診察が終わると、お薬をもらったり、お支払いをするまでの待ち時間の間、母は売店で、いつもビン入りのヨーグルトを買ってくれました。

これも、昨日のブログに書いたように、どうせ、お金を出して食べるのなら、できるだけ身体によい、身になるものを、という母のポリシーに基づいた結果のヨーグルトだったのです。

病院のヨーグルト、ちょっと酸味が強い美味しいヨーグルトでした。

病院の隣は
父の働く会社でした。
病院の帰りには、母はいつもポンたんを連れて、父の会社に寄るのでした。

玄関に向かうのではなく、玄関の横の窓の下に行き、ポンたんに中をのぞかせるのです。

父はその窓から見えるところに、窓の方を向いて腰掛けているので、ポンたんにすぐ気づいてくれるのです。

仕事が暇な時は、玄関に出て来て、母とポンたんを仕事部屋まで入らせてもくれました。

こうやって、楽しい経験ばかりしたポンたんは、手術で扁桃腺を取り、熱が出なくなってからも、ずる休みをして、病院でヨーグルトを食べ、父の会社の窓から中をのぞいていたのでした(≧∇≦)

安い食べ物だったのに

鯨のお肉はけっこう美味しゅうございます。
学校給食では竜田揚げにして出されてまして、我が家ではステーキ風にしていたような。
そして、あの毒々しい赤色の鯨のベーコン!
ポンたんはこれが大好き!
固い弾力!見ただけでわかる脂の塊!
あの頃の、ポンたんが食べたベーコンは、そういうやつでした。
本当の、何も着色とかしないベーコンは、あの頃無かったんじゃないかなあ?

ポンたんの家の歴史は、戦後、父と母が結婚したところから始まります。
戦争で、殆どのものをなくした状態の二人ではあり、しかも父はサラリーマン。
生活はそんなに楽ではありませんでした。
そこで、この鯨肉です。
お肉の中では一番安かったのです。

ポンたん、小学生の時の自分の発言で、覚えてる言葉があります。
「ポンたん、お肉、だーい好き。
だけど、豚肉と牛肉の味の区別がつかないんだ」

こんな味音痴の子供には、何を食べさせても無駄なような気がしますね。

でも母は
「手間は、ただ!」
と言って、安い食材に手間をかけて、毎日美味しいご飯を作ってくれました。

ポンたんの家はおやつの買い食いも禁止だったのですが、それは教育上のしつけと、もう一つ、なるべくお金をかけないで暮らすためでもありました。
おやつは家で用意すれば買い食いよりもお金がかからないはず、という計算です。


そして、その頃のポンたんのおやつ。
安い食べ物。
それはスルメでした。

鯨の次はスルメ、スルメ、スルメですよ。

両方とも今は、けっこうお高いじゃあございませんか(・Д・)ノ

ポンたんが学校から帰ると母はスルメを焼いて、細く引き裂いておやつとして出してくれました。

スルメ!
ポンたん、スルメも大好きで、大きくなっても大好きで、あれにマヨネーズつけた「あたりめ」。
あれがあれば、けっこう飲めました。

なにを?


そんなに愛したスルメも、今じゃもう食べられません。

なんで?

歯が!
歯が!
痛くなるからです!

アパートの一階

今から半世紀前、ポンたんが小学生だった頃のお話です。

ポンたんの家は、アパートの一階でした。

一階というのは、二階、三階とは違うことが起こります。

泥棒がベランダに入って、台所の窓を開けて中に入ろうとしたことがあります。

近所の子が、その子の家で飼えない子犬を、ポンたんちのベランダに置いてったことがあります。

ベランダで飼っていた小鳥が猫に全滅させられることもありました。

そして、冬の寒い朝、ポンたんちのベランダの手すりには、ミミズクが留まっていたのです。

ミミズクと、おぼしきものです。ああいう形の。

一応ミミズクと呼びましょう。

ミミズクは殆ど凍死寸前だったのか、微動だにせず固まったままでした。

もしかすると固まったまま、ベランダに落ちていたのかもしれません。

父は、ミミズクを、空いていた鳥かごに入れ、箱の上から風呂敷をかけました。

母が、クジラの肉を買ってきました。

なんと、あの頃、牛肉、豚肉、羊肉、鶏肉と数々あれど、鯨肉が一番安かったのですね。

みみずくは凍っていた体ががだんだん溶けてきたのか、肉を放り込むと鋭い爪で肉を押さえ、食べたのでした。

そんなこんなで数日後、すっかり元気になったみみずくは、父の手で再びベランダの手すりに置かれ、あっという間に低空飛行で姿を消したのでした。

すごいですね。

何がすごいって、鯨肉です。

一番安いお肉だったんです。

ミミズクは、鋭い爪でむんずと肉を押さえ、ムシムシとくちばしでむしり取って食べてました。

風呂敷を掛けた真っ暗な鳥かごの中で。

ポンたんも鯨肉、大好きだったのに。

ひょっこりひょうたん島

ヒッチコック劇場では、冒頭ヒッチコックさんの小洒落た小話が視聴者をドラマの中へと導いていきます。

そのヒッチコックさんの、これから起こる凄惨なドラマとは真逆の、のんびりとした語り口が、また、怖さを増長させる力を持っていました。

この声が熊倉一夫さんでした。

熊倉一夫さんは、たくさんの声のお仕事をしてらっしゃいます。

そして、昭和30年代も終わる頃、日本中の子供達の心をワクワクさせた「ひょっこりひょうたん島」の海賊トラヒゲの声も
熊倉一夫さんでした。

トラヒゲは島の中でデパートなんか経営していて、デパートの目玉商品は「芋ようかん」だったような。

熊倉さんの声は、演じるキャラクターに命を吹き込むかのように、どのキャラクターもそれぞれの味わいを持つからすごいです。

このトラヒゲが恋してるのがサンデー先生。

サンデー先生の声は楠トシエさん。

あの「お笑い三人組」で江戸家猫八さんと
「おたまちゃん」
「はっちゃん」
と、やっていた楠トシエさん。

サンデー先生が生徒たちを連れてひょっこりひょうたん島に遠足に来たところから物語は始まるのですが、その生徒たちの一人が、博士と呼ばれてる秀才。

博士の声は中山千夏さん。
のちに参議院議員もなさいましたね。
この人は名子役で、若い頃はヒット曲「あなたの心に」という歌も出しています。

♪あなたの心に心に
風があるなら
そして、それが 春の風なら♪

作詞作曲も千夏さん。才女です。

この歌はポンたん、高校生の頃のヒット曲なので、今歌うと、胸が切なくて苦しくて・・・・・…>_<…


ひょっこりひょうたん島を見るために、中学で部活を終えたポンたんは、昭和の香り満載の商店街を走り抜けて、家へと帰ったものです。

ひょっこりひょうたん島には面白いキャラクターの名前がいっぱい!

ドンガバチョ

トーヘンボク

センターバック スコアボード ラニングホーマー


・・・・・・・・・・・・

昭和30年代も終わる頃、ポンたんの生活に、テレビは、欠かせないものになってました(^o^)/

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空からチラシ

今日、見もしないのにテレビ、つけたままにして家事をやっていたら、そのテレビから

「チラシは散らしてくばっていたからチラシと言うんです」

と、いう風な言葉が聞こえてきたような気がしました。

何の番組か確かめる間もなく、ポンたん忙しく他の部屋へ移動!

しながら、思い出した(^O^)

ポンたんが子供の頃、信じられないけれど、チラシ・・・お店の広告だったと思いますが、そのチラシ、ヘリコプターとか小型飛行機がお空から撒き散らしていました。

あの、よく映画で見ますよね。

戦時中のアメリカ軍による降伏を勧めるチラシ。

飛行機から撒いて、それを子供達が喜んで拾って、大人たちに「そんなもんを拾っちゃいかん」って怒られる場面。

あんな感じで、昭和30年代にはまだ、飛行機からお店の宣伝のチラシが撒かれておりました。

ただ、30年も前半くらいで、そんな光景も見られなくなったという記憶です。

うわー、ポンたん、どんだけ古い人間なんだ(≧∇≦)

空からチラシが降ってきた記憶、確かに、はっきりとあります。

続ヒッチコック劇場

ヒッチコック劇場では、本当に怖いものをみたり、予想だにしなかった結末に度肝を抜かれたり、毎回思いっきり楽しんだものです。

半世紀経った今でも覚えてる場面は多々あるのですが、なんだかブログに書いちゃいけないんじゃないか、と躊躇するようなものなので、止めておきます。

映画では無い、30分とか、1時間ものだからこその面白さを、このヒッチコック劇場では味わうことができました。

そうやってポンたんはヒッチコックに慣れていたのに、

映画「鳥」

ほんとにほんとにあの結末には、言葉を失いました。
初めて観た時は、ほんとにほんとに、良い意味で、大胆に裏切られました。

映画「サイコ」

これもまた、初めて観た時には、あの結末には、身の毛がよだつようでした。
ヒッチコックは鬼才!と感嘆せざるを得ませんでした。
アンソニーパーキンスもはまり役でした。

ヒッチコックは初期の作品も面白いです。
「バルカン超特急」
汽車の窓に書いた文字が大きな意味を持ちます。
お笑いあり、不気味さあり、銃の打ち合いもあります。
そして、謎のメロディー♪

ちょっと興味のある方は、レンタルビデオ屋さんへ、行ってみましょう。


さて、ソチオリンピックもいよいよ閉会式を迎えますね。
真央ちゃん!
真央ちゃんにはたくさんの事を教えてもらいました。
あんなにあんなに成長し続ける真央ちゃん!
オリンピックの本当の素晴らしさを見せていただきました!

選手の皆さん、本当にすごかった!
オリンピックは、やはり、素晴らしい舞台でした!
楽しかったです。
ありがとう!

ヒッチコック劇場

昨日も書いたヒッチコックさん!
ヒッチコック劇場は、ポンたんが小学校の頃、家族みんなで夢中になって見たテレビ番組です。

ヒッチコックとくれば、最後にドカーーーン!と、予想だにしない恐ろしい結末が用意されているのが常。

その、視聴者の推理が裏切られるのに、合点がいく結末が、病みつきになってしまって、姉も母も、おそらく父もみんなで楽しみにしていました。

ところで、このヒッチコック劇場のお話の一つに、精神病院を扱ったものがあります。

ポンたんは、これぞ傑作!と思ってるのですが、主人に説明しようとして、最近、ネットで調べて見ても、そのような題名や、内容が見つかりません。

ただ、やっぱり、そのお話を知人とか、親とかに聞いてて、題名を知りたい、という人の質問がネット上にありました。

その回答には、ヒッチコックの映画「白い恐怖」じゃないか、とか、「カリガリ博士」の映画じゃないかとか、ありましたが、「白い恐怖」で無いことは絶対です。
バーグマンとグレゴリーペックだったでしょうか、あれはあれで好きな映画です。


ポンたんの、もやの中の記憶の断片を切り張りして、その傑作のお話を形作ってみると・・・・・


精神病院があります。
少女がその病院を訪ねてきました。
少女の叔父は精神病院の院長をしているのです。
家出をしてきたかなにかで、少女は叔父を頼ってきたものと思われます。

叔父とは初対面だったのですが、叔父は少女をとても優しく暖かく迎えてくれました。

病院で働いている人たちもみな、少女が院長の姪だということで優しくしてくれます。
少女の目には感じの良い精神病院に映りました。

あることで、少女は閉じ込められている患者に接しました。
重症な患者で、自分は院長だという妄想にとらわれていました。

ドラマも終盤になって、少女は、叔父こそが患者であって、閉じ込められている患者こそ院長なのでは?と疑います。

少女は本当の院長を助け出そうとします。

誰かに手伝ってもらおうと、病院の職員に相談します。

そこへ、院長に化けた患者が来て、少女は逃げながら職員達に助けを求めるのですが、実は職員達もまるごと患者が入れ替わったものだったのです。

なんか、怖い結末だったので少女も本物の院長と共に、捕まったかも?


こんなお話ですよ。

YouTubeにもヒッチコック劇場の他の動画がアップされてますが、英語で話してるのでちんぷんかんぷん´д` ;

ポンたんの記憶と説明が下手だから、このブログ、読んでるあなたもちんぷんかんぷん(;^_^A

ポンたん、院長になりすました患者役の俳優さんの顔も覚えてるんだけどなあ。

どなたか、わかる方、いらしたら、教えてくださいね

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鍋にこだわる

ポンたんが子供の頃、今ではどうやっても会えない、実に偉大な方々がテレビに出てました。

当然です。
半世紀前の話なんですものね。

テレビ番組の司会、というか、ナビゲーターというか。

番組の最初に出てきて、番組の内容にちなんだお話をする・・・・・・

そうです。ヒッチコックさん!

あの、身体の線に自分の影をあわせる・・・・・そこから視聴者はワクワクドキドキの世界にもう入り込んでいるわけです。

ウォルト ディズニーさんも、ディズニーの番組の最初に出てきて、その日どんなものを見せるか、お話してくれてました。

そして、先日亡くなったシャーリーテンプルさんにもそういう番組があったのです。

ポンたんが覚えてるのは一つだけなので、もしかすると連続の企画ではなかったかもしれませんが。

先日の、亡くなられたニュースによると、テンプルさんは、ポンたんの母と殆ど同じ年齢でした。

と、すると、ポンたんの記憶と合致します。

ポンたんが子供の頃見たその番組で、テンプルさんは、ロングドレスのきれいな大人の女性でした。

子役のイメージのテンプルさんですが、もう30歳以上くらいだったのでしょう。

ドレスを着たテンプルさんが、その日のお話の説明をしてます。

テンプルさんの後ろでは、魔法使いのお婆さんが煮え立った釜の中身を棒で混ぜています。

そうです。テンプルさんの番組は、童話の実写版。

その日は人魚姫のお話でした。

説明を終えたテンプルさんからカメラは後ろの魔法使いへと。

そしてそこへ人魚姫が
「お婆さん、私、人間になりたいの」
とか、なんとか言ってやってくる。
ここからお話が続いていくのだったと思います。

もしかすると、人魚姫はテンプルさんだったのかもしれませんが、わかりません。

ポンたんがここだけ覚えてたのは、魔法使いのお婆さんの混ぜるお鍋が見事だったからです。

ドライアイスの湯気が下に落ちて、それが普通の煮物ではない、恐ろしい感じで、気に入ったのです。

魔法使いのお婆さんが混ぜる毒のお鍋は、物語の重要なアイテムなものですから、製作者には特に力を入れて作っていただきたいと、いつも思っております。

最近では、

「魔法にかけられて」
の毒のお鍋が、良かったです。

ディズニーの映画なんですが、「魔法にかけられて」は音楽も、お姫様も、お話も、みんな大好きなポンたんでした。

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続々 女々しくて

夏期学校から帰って来たポンたんは、みんなと暮らした一週間が恋しくて、何をやっても泣いてばかり。

そんな思いを、お世話になった実習生のお姉さんに、お礼の気持ちと共に手紙にしたためて送りました。

お姉さんからお返事をいただきました。

「ポンたん、泣いてばかりいては駄目ですよ。
今度、みんなの顔を見に遊びに行きます。」

ポンたんの住んでるアパートにも夏期学校に行った子供たちが数人いたのです。

実習生のお姉さんが、そのみんなに会いに来てくれる、というハガキをもらって、ポンたんは大喜び!

早速、一緒に夏期学校に行ったお友達に知らせ、みんなでその日を待ちました。

お姉さんは来てくれました。

ポンたんの家に上がってもらい、いろんなお話をしました。

他の先生の消息も聞いたり、その後も数年、お手紙のやりとりもしました。



それで、どうなったんだろ。

いつの間にか疎遠になって。

今、どうしていらっしゃるのかなあ。

あんな小学生に、対等にお話してくれた優しいお姉さんでした。

夏期学校に参加した年の暮れには、参加した子供達を対象にクリスマス会も開かれました。

ポンたんもアパートのみんなと出席しました。

その会には残念ながら実習生のお姉さんは来てなかったのですが、あの女優さんにしたいくらい美人の、ちょっと年配の先生とお話をして、映画を見たり、お菓子をご馳走になったりして帰ってきました。

こうしてポンたんの異常なまでの夏期学校への恋心も、ゆっくりと静かにトーンダウンしていったのでした。

良い経験、良い思い出に、感謝しています。

行って良かった*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


さて、今晩は、ポンたんはもう寝るのです。
ハラハラドキドキして、起きてはいられないのです。
明日、朝、起きた時、結果を見るだけでもハラハラドキドキだけど。
フィギュアスケート、日本、ガンバレ!

それと、スノーボードパラレルジャイアントスラロームの竹内さん、銀メダル!ありがとうございます!




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プロフィール

つくし村のポンたん

Author:つくし村のポンたん
中学生だった姉が描いた小学生だった私。
その頃、昭和30年代の思い出を中心にしたブログです。
お金もない!
若さも無い!
無い無い尽くしのつくし村から、あんぽんたんのポンたんが製作中です。

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