またまた映画のお話し

原節子さんが亡くなって、その代表作に「青い山脈」が挙げられておりますね。
ポンたんが映画館というものに初めて入った時、スクリーンには「青い山脈」の予告編が映っていました。
ポンたん、小学校に入る前のことです。

若かった母は、ご近所の年上の奥様に気に入られ、よく映画に誘っていただいてました。
ポンたんも含めて3人で野球観戦に行った写真も残っています。
(あ、でも写真に3人並んで写ってるから、あと1人、いたんですかな)

その日も3人で映画館へ。
当時、映画は娯楽の王様。
映画館はすごい混みようです。
席に座れない人たちがびっしりと通路を埋めています。
ポンたんが大人達の腰の隙間からのぞいたスクリーンに、自転車を漕ぐ若者達の笑顔が映ってました。

でも、多分それは、原節子の「青い山脈」では無く、その後にも映画化された司葉子さんのではないかと思われます。
ポンたんが物心ついた頃は(いったいいつなのかな?まだだったりして)
原節子さんはもう伝説の名女優という感じでした。

でも、原節子さんの映画はいっぱい観ましたよ。
認知症になり始めの頃の母を元気付けようと、レンタルビデオを借りまくりました。

秋日和
娘妻母
東京物語
山の音
めし
麦秋
晩春
安城家の舞踏会

母も最初の頃はまだ一緒に画面を見ていたのです。

あれ?もしかすると、原節子さんの「青い山脈」は借りてきてなかったかなあ?
今度、観てみよう。
でも、今は、母はきっと、私の顔ばかり見てるでしょうけど・・・^_^;

あ、それから、幼稚園のポンたん、その「青い山脈」を予告編で観た映画館で観たのは多分
「喜びも悲しみも幾年月」
ですね☆〜(ゝ。∂)
多分
おそらく・・・

秋の夜長を鳴き通す

ふと気づくと、虫の音が聞こえなかったこの秋。
ムムム・・・・
庭の木の枝を切ったから?
芝生を刈りすぎた・・・ってえことも無いし。
ムムム・・・・・
もう、これから鳴きだすってことは無いですよね。
私が気づかなかっただけかもね。
だとすると、ポンたん、鈍くなってきてる・・・・( ̄O ̄;)

ニッパチ

北の湖さんが亡くなられたと、昨夜、ネットのニュースで見ました。
はて、北の湖さんは、そんな、年だったろうか?
何歳だったんだろう?
そのネットのニュースには年齢が書いてありませんでした。
が、
「そうだ、あのお相撲さんは確か、花のニッパチ組の1人だったんじゃあないか!」
ポンたんの頭に電球が光りました。💡

北の湖さんが活躍していた頃、相撲界には昭和28年生まれの若者が他にも大活躍していて、「花のニッパチ組」と呼ばれていました。

ポンたんもABOUTその世代です。
「花のニッパチ組」
その頃、ポンたんもかなり若かったけど、そのポンたんが
(おー、随分若い人たちが上位で活躍し始めたなあ)
と、本気で感心したのを覚えています。


北の湖さんは、負けん気な顔の通りの、負けん気な相撲で、勝ち方も、憎らしいほどの勝ちっぷり。
倒した相手を見向きもせず、ふん、という感じでさっさと、自分の立ち位置に戻ります。

勝負ですもん!

その態度に共感を覚えた相撲フアンは多く、ポンたんの父もその1人でした。

やんちゃ坊主の、ガキ大将のような顔の北の湖さん。
今日になって、いろんなテレビで、親しかった方達のコメントが紹介されてます。
思ったとおり、優しい人だったようですね。

北の湖さん。
父と一緒にテレビでお相撲を楽しんでいた、あの頃の、楽しかった時間を、どうも、ありがとう❤️

感心な娘?

そんなポンたんも
(どんなポンたん?)
今では、庭の菊を摘んで来て、お仏壇に供える感心な婆さんになりました。

20151117184645178.jpg

もう1段階上の婆さん(おっかさん、ごめんよ、婆さんだなんて言って)
に、見てもらってます。

これをお仏壇にお供えするのです。
けっして、母にお供えしたわけではありません。


この、母が着ているセーターは、母の手編み。

20年以上前、ポンたんに作ってくれたものです。

ポンたん、ずううっと、すごーいお気に入りで着ていました。

とっても愛着のあるセーター。

今は何もわからなくなったけど、その母に感謝の意を込めて、去年から、母に着てもらってます。

おっかさん、とても良くお似合いです❤️

豚さん

先日の「フニャフニャポンたん」の言い間違えの続き・・・・

手持ち無沙汰・・・・

ポンたん、これを、「手持ちぶたさ」と、覚えてました。

・・・・・・・・・・・・・・…・・…・・・・・・・・

安心してください。
高校生くらいの時のことです。

20151117184645255.jpg


手持ち豚さん^_^;

映画館

うちの子供達が、まだ、幼稚園くらいの頃。
住んでいたのは、東北の、人口3万人前後の小さな町。

子供達はその町で、映画館デビューです。
その町に映画館はありません。
確か、体育館だったか、公民館だったか。
しわの寄ったスクリーンに映し出されたのは
「ドラえもん」
「ごんぎつね」
「ウルトラB」
だったような。

なにか、景品ももらって、大喜びで見てましたっけ。

それが我が子供達の初めての映画館(?)でした!
まだ平成になる前のお話しです。

50年前の映画

最近話題になっている、あの(どの)中年の魅力あふれるジョージクルーニが監督、主演をしている
「ミケランジェロプロジェクト」
という映画。
第二次大戦時、ヒトラーに奪われた美術品を、奪還しようとする連合軍の活躍を描いてるらしい。
実話に基づいているとな。

この話を聞いた時、ポンたんの頭は、はるか50年前の我が家へ飛んで行ってしまいました。

あの頃は、映画というのは、結構張り切った娯楽で。
我が家では、年中行事として、学校の春休み、夏休み、冬休みなどの折に、家族で映画館にで掛けて行ったものです。
多くは、西部劇の好きな姉チームと、楽しい映画の好きな母チームの二手に分かれていました。
が、
家族揃って行った映画もありました。
その一つが
「大列車作戦」。

第二次大戦下、ドイツに奪われた美術品を、ドイツ軍に命じられて運搬する列車の鉄道員や、レジスタンスたちが、大活躍して奪い返す話し。
バートランカスター主演です。
鉄道員たちがドイツ軍の目をごまかし、駅の駅名を差し替えたりして、美術品がドイツに運ばれるのを阻止します。
ハラハラドキドキのとっても面白い映画だったのを、今でも覚えています。
あの映画も実話に基づいていました。

今回の「ミケランジェロプロジェクト」も、同じ事件を取り扱ってるのじゃないかと、思います。

家族4人、暗い映画館の椅子に一列に並んで見た「大列車作戦」。

今を生きていて、こうして、ふと半世紀前の1日がよみがえる時、懐かしさと、切なさが同時にぐわーっと押し寄せます。
一瞬、息もできないくらいの押し寄せ方です。
ふふ・・・ポンたんも年をとったものですなあ。

子ツバメその1

前回の学芸会ネタを続けて、小学校の1年の時の学芸会のお話です。

小学1年の学芸会で、ポンたんは、5羽の子ツバメのうちの1羽をやりました。
セリフはひとつ。
「ピーピーピー、お父さんツバメ遅いわねえ」
です。
親ツバメたちが餌を探しに行ってる間、留守番をしている状況でのセリフです。

練習の時、ポンたんはこのセリフを何度も繰り返させられました。
先生が言うには
「遅いわねえのところが鼻声になってしまうのよねえ」
ということで。
この辺りからポンたん、学校の鼻の検診で
鼻中隔湾曲症
副鼻腔炎
鼻炎
慢性鼻炎
など、はっきりは覚えてないけど、必ず何かに引っ掛かるようになってたものです。

ですから、
「ピーピーピー、お父さんツバメ遅いわねえ」

「ピーピーピー、お父さんツバメ遅いわでえ」
か、
「ピーピーピー、お父さんツバメ遅いわれえ」
とかになっていたに違いありません。

あの先生はそれがどうしても気になったのでしょうねえ。

ええ、学芸会は、「遅いわれえ」でも、無事終了。
出演者全員で撮った写真がボロボロのアルバムの中で輝いてます。

耳鼻科に通院した記憶はあるのですが、多分、鼻はあの時のまま、そんなに変わってないはずです。

鼻呼吸がちょっと苦手です。

今でもふと気づくと、ポンたん、口をポカーンと開けてますわい(≧∇≦)

秋!学芸会!

も、もう11月ですよ!
わ!わ!わ!わ!

孫の幼稚園で学芸会のようなものがあったらしく、娘から動画が送られてきましたよd(^_^o)
制服を着た孫は、すっかり大きなお姉さんといった感じです。

きっとあちこちで、学習発表会や、学芸会が行われているのでしょうね。

見に行きたいな❤️
ポンたん、ああいうの、見るのだーい好き💕

その昔、ポンたんが幼稚園児だった時は、学芸会で「浦島太郎」をやりました。
もちろん、乙姫様はポンたんです。
(何故もちろんだ?)

ピンクのドレスを着、レースのついた冠を被って登場です。
七五三は晴れ着を着ることも無く、千歳飴をなめていただけ。
アナ雪なども無く、ドレスを着る機会の無かったポンたんにとって、乙姫様の衣装は、本当に嬉しいものでした。

部屋で衣装に着替えて、渡り廊下を走ってステージに向かう時、小さな女の子が
(幼稚園児より小さな女の子って・・・)
「わあ、おひめさまだ」
って言ったので、ポンたんの鼻の穴は大きくふくらみました。

ステージに出た途端、冠がずるっとずれて、かぶるというよりしょってる感じになったので、ポンたん内心、ハラハラドキドキの学芸会でした。

もう、60年近く前のことなのに、そのハラハラドキドキ感も、つい昨日のことのように思い出されます。
(よく使われる常套句なので、あまり説得力がないけど、これって、ほんとに、昨日のことのように思い出されちゃうんです。)

子供に話しても、誰も聞いてくれなくなった思い出話。

あの頃から、もう、半世紀以上も経って、そのあいだ、いろんなことがあって、今日、2015年の11月3日になってるんだなあ、と、しみじみ思う秋の夜。

ポンたんの孫も60年後に、人形劇をやったことをこうして思い出すのでしょうね。
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プロフィール

つくし村のポンたん

Author:つくし村のポンたん
中学生だった姉が描いた小学生だった私。
その頃、昭和30年代の思い出を中心にしたブログです。
お金もない!
若さも無い!
無い無い尽くしのつくし村から、あんぽんたんのポンたんが製作中です。

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